『チェイサー』 鋭い風刺が築き上げる濃厚な闇の世界

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どうも近年の韓国映画、秀作あるいは大ヒット作には実際の事件をベースにしたものがやたらと多い。国家に抹殺された金日成暗殺特殊部隊員の悲劇『シル ミド』や、韓国史最大の恥部といえる民主運動弾圧事件・光州事件を扱った『光州5・18』などがパッと思いつくが、作品的評価と興行的利益の双方で突出した作品となるとやはり2003年の『殺人の追憶』にとどめをさす。80年代後半に起こり、いまだ未解決の連続殺人を基にしたサスペンスだったが、真犯人は誰よりもまず、軍事政権に抑圧された時代の空気そのものだというポン・ジュノ監督の認識に卓抜したものがあった。

本作『チェイサー』も、'03〜'04年に起こった実際の事件がアイデア源。また低予算ながら記録的なヒットを飛ばしたこともあって、どうやら監督ナ・ホンジンを「第二のポン・ジュノ」と見る向きもあるそうだ。ま、そこんとことりあえず保留の余地があるとしても(殺人という行為に何を見、どう捉えるかの違いだ)フィルム・ノワールとしては一級品、シャープで緊張感ある画面づくりと編集には瞠目すべきものがある。

それは冒頭から一貫している。この映画、印象的にはずっと雨が降っている感覚があるのだが、ファースト・シーンも雨の夜。ひと組の男女がクルマに乗りこみ、坂道の向こうの邸宅に消える。どこまでも降り続く雨、どこまでも深い闇。実は女はデリヘル嬢で、男は連続殺人鬼だ。むろん、女は男の標的となる。

とにかくハードで情け容赦がない。なんせノミにハンマーだ。それを頭に打ちこむのだ。痛い。つか、即死である。だが女......ミジンはとりあえず死なない。携帯も通じない浴室に監禁されたまま、ウチに残したひとり娘の身を案じつつ、生死の境をさまよいながら救出者を待ち続ける。......というのは、なんと男=犯人は映画の最初で捕まってしまうからだ!

捉えたのは女を管理するデリヘルの元締め・ジュンホ。元刑事とはいえ、今は「ゴミ」と呼ばれるショボい男だ。最近子飼いの女たちが突然姿を消してしまうことが多く、ジュンホは犯人を「他の風俗店に女を斡旋してるヤツ」程度にしか認識していない。なんだかんだあって犯人は警察の手に委ねられるが......そこで犯人はあっさりと"自分が連続殺人の犯人"であること、"まだひとり女が生きていること(無論ミジンのことだ)"を吐いてしまうのだ! ただし自分がどこに住んでいるか、女を監禁しているのはどこかは明かさぬまま......。

観客の緊張を決して逸らすことなく、いやむしろイライラ感を募らせていく監督のテクニックはほとんどサディスティックなほど。やがて自分の掴まえた男の言っていることは本当で、ミジンも男の毒牙にかかったことをはっきり認識したジュンホは、ミジンが絶対に生きていると信じつつ、身に染みついた勘を甦らせて彼女を猛然と捜しはじめる。

......本当のところ、このジュンホのがむしゃらさにこそ僕の心は揺さぶられるのですね。捜す者も捜される者も、若くもないし美男美女でもない。いつしか人生狂わせてしまったアウトサイダー。禍々しい事件を通して、このふたりの魂が交感していくのもいい。

さてその間、警察は何をしてるかといえば、物証もないまま拘束権を継続できるわけもなく、今現在監禁されている女の確保どころかすでに行われた(と犯人の自白する)殺人の証拠探しに躍起になるばかり。おまけに上層部は、ほぼ同時に発生した"市長へのウンコ投げつけ事件"の処理に神経奪われっぱなしだ。こうした権力への皮肉もまた『殺人の追憶』を想起させるものではあるんだけどさ。

繰り返すが情け容赦なし。ジュンホを演じるキム・ユンソク(演技スタイルが『殺人の追憶』等の名優ソン・ガンホに似ているが、劇団時代からの盟友なのだとか)VS.まったくもって得体の知れない犯人ハ・ジョンウの神経戦&体力戦にも興奮必至である。Text:Milkman Saito