Joan Jett ジョーン・ジェットの存在を写真で振り返ったヴィジュアル・ブック

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デザイナー、トッド・オールダムが手がけた入魂の一冊。「おんなロッカー」の先駆けにして究極のアイコンとなった偉大なるジョーン・ジェットの存在を写真で振り返ったヴィジュアル・ブックが本書である。これは、かなり、かっこいい。強烈な人物像をアイコンとしたデザイン・ブックとしても、特筆すべき見事な一冊なのではないか。

ただし、僕自身の立ち位置を明確にしておくと、正直いってジョーン・ジェットの音楽には、それほど多くの影響はうけてはいない。というか、心情的には、アリ・アップが主張する説──つまり、「史上初のオール・ガールズ・パンクロック・バンドはスリッツだった」というものに、おおきく頷いてしまいたい、という気持ちのほうが強い。なぜならば、ランナウェイズなんて、『GORO』誌で「紀信・激写」だったのだから......それはシリアスにとらえるものではないでしょう、と、思っていたのだ。すくなくとも、「狭義のロックンロール」の世界では。しかし、それだけでは、そう簡単には済まない、とてつもない広がりがあるものが、「アメリカン・ポップ・カルチャー」という超巨大大陸なのだった。

たとえば、なぜにラモーンズを生んだアメリカで、イギリスに先んじて、パンクロックがナショナル・チャートを席巻することができなかったのか?── これについて僕は、「同時期にブルース・スプリングスティーンがブレイクしたせいだ」という学説をとなえている。それはぜんぜん違うものだろう、と外国人の我々は思ってしまうのだが、「アメリカ」というフィルターのなかでは、等価なものとして対比されてしまったがゆえの、残酷な出来事だったのではないか、と考えている。

ランナウェイズも、ジョーン・ジェットも、まず第一に「チージーな(陳腐な)もの」だったはずだ。キッズや、(若い女の子の下着姿が見たいだけの)オヤジに、気軽に楽しまれることが重要であって、間違っても「シリアス」なものではなかった、はずだ。フェミニズムとは無縁どころか、そのお色気性ゆえ「女の敵」呼ばわりされてもしょうがない──そんな出自からあらわれたものだったろう。しかし、それが、結果的に「ポップ・カルチャーの歴史」を、おおきくひん曲げることになってしまった。つまり、「ロッカーとは『女にもてる男』だけがなれる職業だ」という、エルヴィス以来不変の絶対律を、根底から引っくり返してしまったのだ。まったくの新種の生き物としての「ホットなロック・チック」が、ちょっとした偶然から生まれてしまうことになったのだ。つまりこれが、偉大なる「ジョーン・ジェット」というアイコンなのだ。

70年代後半、ホットなロック・チックに「女があこがれ」て「男もあこがれ」るという現象が出来して、そして今日、そうしたロール・モデルは、ごく一般的なものとなった。「若き日のスプリングスティーンやラモーンズみたいな男子ロッカー」など、ずいぶん前から絶滅危惧種となっているが、「黒髪にレザー・ジャケットで、平気で男を蹴っ飛ばすような女子ロッカー」というのは、もはや定番の域を超えている。いくらでもいる。

つまりそれほど、「とんでもなくかっこよかった」のがジョーン・ジェットなのだ。本書は、彼女のもつ「インパクト」のかなりの領域を、紙面に定着させることに成功していると言えるだろう。序文を「ライオット・ガール世代代表」のキャスリーン・ハンナが執筆。この手の本を作らせると打率100割の Ammo Books 、最新のいい仕事がこれだ。 Text:DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)